魅力的なお店の紹介(実績店レポート)    出典は月刊ブランスリー お店拝見(2006年11月号)
天井の空が時間と共に表情を変え、店内で繰り広げられる縁日を演出する。
「石窯夢工房 粉とクリーム」

入り口のドアを開けると、開放感にあふれた売り場が眼前に広がる。天井に目をやると、そこにはなんと夕焼けの空が広がっていた。
茨城県下妻市のベーカリー「石窯夢工房 粉とクリーム」は、顧客に、非日常の楽しさを味わってもらいたい、という思いから、店内の演出に力を注いでいる。コンセプトは、「中世南仏湖畔の小さな村の縁日だ」。

住所 茨城県下妻市下妻丁396-7
電話 0296-44-0579
営業時間 午前7時30分〜午後7時30分
定休日 月曜日
最寄り駅 常総線・下妻駅(車で約10分)
店舗面積 約80坪(厨房約40坪、販売スペース約40坪)
品揃え 約80品目
スタッフ 販売常時4〜7人、製造15人


石窯の前で焼き上がった商品を手に、オーナーの井上誠さん


人気ナンバー1の「メープルの切り株」。ラウンド形の食型で焼き上げる食パンで、生地にはメープルフィリングが折り込んである。


外壁は、時代感を出すため、専用の塗料を何回も塗り重ねてある。


自家製のカスタードクリームを包んで焼き上げた「カスタード姫のクリームパン」
店内は開放感があふれる別世界

 人口4万の小さな町に、「石窯夢工房 粉とクリーム」はあった。茨城県下妻市。JR守谷駅から常総線で約50分の下妻駅を下車し、車で10分ほど走った場所だった。
 オーナーの井上誠さんは、「時代は中世。場所は、南仏の湖畔の小さな村。場面は縁日です」といった。「お客様に、日常から少しの間開放されてちょっぴり非日常の楽しい気分を味わっていただくことが私たちの願いなんです」
 駐車場に車を止めて、店の入り口に向かうと、入り口に向かって、左手に、オープンカフェのスペースが用意されていた。晴れた日には、購入したパンを食べながら談笑する客で賑わう。
 入り口のドアを開けると、開放感にあふれた売り場が眼前に広がる。天井に目をやると、そこにはなんと夕焼けの空が広がっていた。そして雲が浮かんでいて、よく見ると、食パンやクリームパンなどの雲もあった。動いている雲もあった。
 その空は、朝には朝の表情を見せ、昼には昼の表情を見せる。
 「天井の仕掛けを完成させるには、かなり苦労をしました。途中で諦めかけたこともありました。しかしある人から『いままでにしたことがないことをしようとすると、途中で諦めてしまうものだが、最後までやり抜いてください』と言われたんです。その言葉と、多くの人の協力を得て、なんとか完成させることができました」(井上さん)
 外からの光はそのほとんどを遮断し、売り場の空間は、様々な場所に設置された色々な種類の光源から発する光によって演出されていた。取材時は、秋のフェアを大々的に行っていて、秋の感じを出すために、全体として赤い光で演出していた。
 井上さんは、「自分だったらこんな店に行きたい」という店を作れば必ず繁盛する、という信念で、困難な店作りをやり抜いた。



サンドの仕方に一工夫を加えた「下町ソースのコロッケコッペ(小)」(左)と「メンチカツサンド(小)」(右)


「めんたいも」(前列右)や「石窯焼き きのこグラタン」(前列左)など石窯で焼いた商品も人気。


トレーにのせたときに、天井が夕焼けの空だったら、幸せが訪れる、という「魔法の杖」


取材時、店内は秋一色に彩られていた。
オリジナルの物語にからめて、商品を訴求

 売り場の楽しげな雰囲気の中で、所狭しと並べられたパンも楽しげに見えた。同ベーカリーの一番人気商品は「メープルの切り株」(1本504円、ハーフ252円)だ。ラウンド形の食型で焼き上げる食パンで、生地にはメープルフィリングが折り込んである。1日250本以上売れるという。
 「カスタード姫のクリームパン」(105円)も人気だ。自家製のカスタードクリームを包んで焼き上げた商品で、「カスタード姫」は、井上さんが同ベーカリーをプロデュースするに当たって、自分で書き上げた物語の中に登場するキャラクターだ。
 同商品の紹介文には、「一口食べてカスタード姫の『恋のときめき』を感じられたら、今日一日、幸せな気分になれるはず!?」とあった。
 物語に関連づけた商品は他にもたくさんある。そのひとつが、「魔法の杖」(189円)と題した商品だ。フランスパン生地にチョコチップをたっぷりと練り込んで、杖の形に成形して焼き上げた商品で、「トレーにのせたときに、天井が夕焼けの空だったら、幸せが訪れる」というストーリーがついている。
 調理パンも人気だ。「下町ソースのコロッケコッペ(小)」(105円)は、背割りにしたコッペパンにキャベツなどをサンドして、半分にカットした大き目のコロッケを、パンの切り口から大きく飛び出すようにしてサンドした商品。サンドの仕方に一工夫加えるだけで、商品のアピール度が大きく変わってくる好例だ。
 「メンチカツサンド(小)」(126円)も同じように、半分にカットした大き目のメンチカツがインパクトを与える商品になっている。
 売り場の奥に設置された石窯で焼く商品も人気を集めている。石窯から出た焼きたての商品は、石窯の前に設置された作業台で、仕上げ作業などが施される。「田舎パン」(525円)などのシンプルなハースブレッドのほか、明太子フィリングをトッピングした「めんたいも」(147円)や、じゃがいもが丸ごと一個入った「石窯焼きまるごとじゃがいも」(157円)など様々なバラエティー商品がある。



1日に何回も揚げたてが出る「じっくり煮込んだカレーパン」(115円)も人気商品のひとつだ。


売り場奥に設置された石窯の前では、焼き上がったパンの仕上げ作業などが行われる。石窯パンの陳列棚もあって、様々な商品が並んでいた。


とろっとした食感が人気の「粉クリ熟ちーず」(115円)。冷やすとさらにおいしく食べられるという。「ひとくちサイズの幸せを」というキャッチフレーズと共に陳列されていた。


ベルギー産チョコレートスティックが2本入った「ショコラ王子のショコラ・ショコラ」(136円)も人気だ。


やや照明を落とした売り場から見ると、製造スペースの明るさが印象的だ。
「わくわくする店作り」がモットー

 井上さんは、16歳のとき、父を亡くした。実家の生業は牛乳の卸業で、飲食部門も持っていた。
 「父が亡くなり、その間、母が会社を切り盛りしていました。その後他人の協力も得たのですが、私はその人と意見が合わず、若くして社会に出ました。同年代の人たちが学校で勉強しているときに、私は様々な業種の仕事の実学を学びました。そして、飲食の世界でやっていくことに決めたんです。その中で教わったことは、自分が客だったら何をしてほしいかを考えればいい、ということでした」(井上さん)
 その後、バブル期の人手不足もあり、母と、亡くなった父のために、実家が営む会社の井上フーズに戻った。
 そして、22歳のときにあるベーカリーに修業に出た。「駅前にマクドナルドとパン屋が並んで営業していたんですが、パン屋の方が断然繁盛していて、『ベーカリーはこれから有望だ』と思いました」と振り返る。その後、さらにいくつかの店で、パンの修業を重ね、井上フーズでベーカリー事業を立ち上げた。
 「わくわくする店作り」が井上さんのモットーだ。そのための方法論のひとつが、ディズニーランドから学ぶことだった。例えば店舗の外壁は、時代感を出すため、特殊な塗料を何回も塗り重ねている。ディズニーランドの建物を実際に担当した職人に依頼したという。
 ホスピタリティーの精神もディズニーランドから学んだ。朝礼時に井上さんは「今日も1日、たくさんのゲストをお迎えして、小さな村の住人を演じましょう」と訓辞を述べる。
 顧客へのあいさつは「いらっしゃいませ」ではなく、「ようこそ、こんにちは」だ。「売り場主導のベーカリーにしなければ、決して店は繁盛しません」と井上さんは言い切る。
 「お客様がほしい時間にほしい商品を提供しなければなりません。ともすれば、製造サイドは『無理です』と言いがちなのですが、実際は、無理ではないことがほとんどなんです。話は簡単です。自分がお客様だったら、何をしてほしいかを考えればいいだけなんですよ」
 同ベーカリーは、市民参加型の企画にも積極的だ。例えば、調理パンに使用している特製ソースは、下妻市に住む女性が開発したものだ。また、店内に流れるBGMは、同じく下妻市在住の女性が選曲したものだという。さらに、従業員が着るユニフォームのデザインや、店内に飾るフラワーアレンジメント、パンに合うワインの選定なども市内在住の女性に依頼した。
 「お客様に参加していただいて、共にいい店を作っていきたいと考えているんです」と井上さんはいった。



洋菓子が並ぶショーケース。同ベーカリーは洋菓子の製造販売も行っている。


取材時は、秋のフェアを行っていて、店内は秋の雰囲気でいっぱいだった。


「メープルの切り株」を斜めにカットしてフレンチトーストにした「メープル君のおやつ」(147円)。


明太子フィリングをたっぷりとトッピングした「明太子焼き」(157円)。
「自分が客だったら、何をしてほしいかを考えればいいだけなんですよ」

井上さんの店作りは、「夢を忘れた大人や夢を持った子供へのメッセージ」(井上さん)でもあり、来店客に楽しんでもらうことを、いつも念頭に置いている。
 「子供たちに、将来の夢を聞いたら、『パン屋さん』が一人もいませんでした。『パン屋さん』を子供たちがあこがれるような職業にしたいですね」と井上さんは話した。


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