「私とパン」

株式会社 ツジ・キカイ

代表取締役社長 山根 証

 「パンに感動したことがありますか?」

 私は、パンの話になると、初対面の人によくこう尋ねる。多くの人は、少し驚いた表情を見せるか、困った顔をする。「えっ?パンって感動できるものなのですか?」と質問で返されることも多い。決して意地悪で言っているのではなく、その人のパンに対する見方が知りたくなるのだ。そしてお互い、もっともっとパンを好きになろう、パンって素晴らしいし、飽きないものだ、と話したいのだ。

 私は幼少の時からパンが好きだったのではなく、美味しいパンに恵まれていたわけでもない。主食としてのパンに出会ったのは、20歳を過ぎてからだ。すなわち20歳代でパンに感動する経験をしたことこそが、今の自分自身の考え方を決定づけた。まさにコペルニクス的転回。パンに対する見方が180度変わったのである。

 大きな転換期は、26歳の時。はじめてヨーロッパを旅した時だ。妻と妻の両親の4人でフランス、パリへ。はじめて見るヨーロッパ。しかもパリの街並みは、自分の未知なる世界が無限にあることを私に印象付けた。それは今まで訪れたことのあった外国が、自然で私を圧倒したのとは違う、人間が創造した異文化の軌跡に心を動かされたのだと思う。居心地が良いというより、緊張感がみなぎった。一体これから私はどれだけ多くのことを学ばなくてはならないのか。何を知ることからはじめれば良いのか。そんな漠然とした気持ちを、義父は大きなテーマを与えてくれることで包みこんでくれた。まず、食べるということ。それこそが旅のテーマだ。そう、何しろ食べて、現地の人に触れることからはじまる。意識して食すること。
 その教えの下、カフェでの朝食はパリでは当たり前のクロワッサンとサンドウィッチ・ジャンボン。そしてグラン・クレーム(カフェオレ)。それを頬張った。噛んだ。細長いバゲット(バゲットは本来細長いものだが、それすらわかっていなかった)を上下に開き、バターを塗り、加熱ハムを載せ挟んだもの。そのシンプルなサンドウィッチこそが、衝撃的だった。旨い。えっ、こんな味なの?これこそ感動って言えるもの。これがサンドウィッチだったのか、と。

 その後、フランス、ドイツ、イタリアと旅するようになり、食事のたびに当たり前に出てくるパンを料理とともに味わった。そして、30歳になったばかりの時からイタリア、ミラノで生活するようになり、料理とパンの関わり方が自分の中にストンと落ちた。決して、すごく美味しいパンとは感じないが、料理とともに味わうと、なるほど、食事が進む。脇役かつ、なくてはならない存在なのだ。もし、このパンがなければどのように食べるのか、その答えさえわからなくなってしまう。パンがあるからこそ、食事が成り立つ。そのことが自分の中で明確になったのは、この頃だ。毎日食べても決して飽きることのないパン。私たち日本人が白いご飯を食べるのと同じ感覚であることに気付いた。頭で考えて理解するのではなく、身を持って、体験したからこそはっきりしたのだ。ここが私の食の原点。ますます食べる楽しみを知りたいと願う。それに密接に関わる仕事をしている私は幸せなのだと、今つくづく感じている。
(2006年1月 日本製パン製菓機械工業会(JBCM)会報「きずな」に寄稿した文より)