「私がイタリア好きなわけ」

株式会社 ツジ・キカイ

代表取締役社長 山根 証

 私は、イタリア好きである。イタリアの食べ物や美術や建築が素晴らしいという理由もあるが、一番の理由は、イタリア人から多くのことを学んだことにある。

 私がミラノに住みはじめたのは、1996年10月。ミラノのレジデンスで生活することになった。まず、「ブォンジョルノ!」「チャオ!」と挨拶からはじまる。何しろ挨拶が大事である。人とすれ違えば、言葉を交わす。この当たり前の習慣が以前には曖昧だった。「グラーツィエ(ありがとう)」は、一日に数え切れないほど、口にする。いくら使っても使いすぎることはない。多ければ多いほどいい。ありがとうの出し惜しみは良くない。

 仕事においては、何しろ自分を主張しなくてはならない。会社がどうかよりも、相手は私自身がどんな人間かを鋭く見ている。好き嫌いは、はっきり言うのが常だ。曖昧な返事は不信感の元。自分の意見を表明し、必ず理由を述べる。日本では、黙っていてもわかってくれるという意識があるように思うが、その感覚は通用しない。何しろ口から言葉を発しなければ何も伝わらない。イタリアで生活するうちに私の声も大きくなったようだ。一見、喧嘩しているかのような議論の後は、それ以前に比べて相手との距離が縮まる。議論する快感を覚えた。お互いの信頼は、この営みによって深くなっていったのだと思う。


 レストランやバールに行く楽しみは、単に飲み食いのためだけではない。その店のオーナーやカメリエーレとのコミュニケーションが貴重である。レストランで、まず私は、値段が特別高くなく、満足できるワインを飲みたいと言う。今日、この瞬間に一番状態が良いものを薦めて欲しいと頼むのである。すると、彼は、にやっと笑って地下のカーヴを見せてくれると言う。今日は、これかこれのどちらかを選ぶといいと薦めてくれた。そして、結果も満足できた。こんなやり取りが心地よいのである。本当のサービス精神である。

 私たち家族が最も仲良くしていたミラノのマンマがいる。彼女は、私たちを家族のように愛してくれた。全身で愛情を表現してくれた。特に私の子どもたちに対する可愛がり様は、実の家族以上である。どうしてここまでしてくれるのか、と感じたものだ。

 ミラノの生活によって、自分自身の価値観、人との接し方、物の見方が変わったと思う。素直に生きる幸せを教えられたのである。だから私はイタリア好きである。
(2004年1月 日本製パン製菓機械工業会(JBCM)会報「きずな」に寄稿した文より)