辻バードから学んだこと

株式会社ツジ・キカイ
代表取締役社長  山根 証
「クチを現地に持って行け!」

 これは、私の妻の父親であり、当社の元社長である辻バード(本名:辻眞須彦)が生前、口癖のように言っていた言葉だ。そして、私も20歳代後半からヨーロッパの国々に口を運び、パンやワイン、ビールやその国の料理を食べる機会に恵まれた。
 しかし、その食べ物が何たるかが最初からわかるわけではない。一口食べてそれが美味しいか不味いかを感じることはできるが、それが一体どうしてなのか、なぜ、そのようなものが生まれたのかがわからない。それを理解することにどれだけの価値を見出すか。まず、そこからはじめる必要がある。その意識がなければ、食べたものを正確に記憶の中に残し、それを系統立てて把握できないからだ。この知ることの喜び、意味を教えてくれたのが辻バードである。

 例えばワイン。数年前の日本ではワインブームなどと騒がれた。皆は、本当に美味しいワインを飲んでいたのだろうか?
 私は20歳を過ぎて、ワインは嫌いなもののひとつであった。それは最初に飲んだ日本のワインが不味かったせいだろう。“なぜ、こんな不味いものを好んで飲む人がいるのだろうか?そう思っていた。ところが辻バードと一緒に行ったフランスのパリでワインを飲み、スペインのマドリッドでワインを飲み、イタリアのミラノでワインを飲みとやっていると、ワインが面白く感じられるようになった。少しずつ好きになっていったのだ。なかなか美味しいじゃないかと思った。
 フランスのパリで最高のワインを飲んだ時、辻バードが解説をしてくれた。本当に美味しいワインとは、まず口に入れた瞬間、ヌルっと入ってくる。まるで水のように。つまり、渋さや苦さや酸っぱさなど全く感じないのだ。それがあると眉間に皺を寄せながら飲むことになる。良いワインにはそんな邪魔するものがない。そして、口に入ってからがすごい。いくつもの味のハーモニーが複雑に絡み合い、変遷し、なかなか消えていかないのである。その味の響きを鑑賞するのがワインの本当の楽しみ方だとは本当に驚いた。私自身、このような経験をできたのは数回ではあるが、明らかに、そういうものだと感じることができたのだ。このような経験を日本ですることは極めて難しい。フランスのワインを日本に持ってくるだけで状態が悪くなってしまう。日本で保管すれば、日本独自の大気中のバクテリアがワインに襲いかかり、変質へと導く。だからこそ、クチを現地に持っていかなくては経験できないことなのである。

 ここに書いたワインの話しは、私が辻バードから教わったことのほんの一部に過ぎない。この人のおかげで私は食に目覚め、ものづくりに目覚め、人生の生き方と素晴らしさを知り、今を幸せに生きている。これからは、私が人に人生の素晴らしさを教えていくことが恩返しだと思う。

 昨年、亡くなった辻バード(辻眞須彦)のために、皆様から心からの御厚意をいただきまして、本当にありがとうございました。

←2003年11月1日 新宿区内のフランス料理店にて

(2008年1月 日本製パン製菓機械工業会(JBCM)会報「きずな」に寄稿した文より)