「ヨーロッパの食文化の素晴らしさを伝え広める」

きずな62号<会員会社訪問> 平成2112月9日(水)
株式会社ツジ・キカイ
 山根 証 社長
(聞き手:JBCM 黒木氏)


 潟cジ・キカイの創業は、1948年(昭和23年)に創業者の辻鷹雄氏が、新宿で潟cジ商会を設立したことにより始まる。1967年には社名を現在の潟cジ・キカイに改称、1969年に2代目社長として辻眞須彦氏が就任するや、フードサービス機器の製造販売を開始し、フライングラインとフードサービス機器のパイオニアとしてFRiMAX(フライマックス)ブランドを確立した。また一方で、ヨーロッパの製パン機械の輸入販売を開始し、現在の製パン・製菓機械メーカーとしての礎が築かれた。
 潟cジ・キカイのある埼玉県川越市は、埼玉県南西部に位置し、古くから商業都市として繁栄、「小江戸」川越と呼ばれ、蔵のある町並みや歴史・文化を活かした観光地として、年間500万人以上の観光客が訪れるまちである。都内より30Kmという地の利を活かし、30万人の人口を擁する首都圏のベッドタウンとして発展を続けている。

 潟cジ・キカイの本社に山根社長を訪ね、お話をうかがった。


最初に会社の沿革について聞いてみた。

 「創業者の辻鷹雄は、とてもアメリカ好きな人で、あまりアメリカに行ったことがあるわけではなかったようですが、かなりの勉強家で英語も堪能だったと聞いております。辻鷹雄は、1959年に自動ドーナッツ製造機を開発して販売を開始しております。1967年には、社名を現在の潟cジ・キカイに改称し、その翌年にはユニオートフライヤーを開発して全国のベーカリー大手工場に納入をしました。1969年には、2代目社長として辻眞須彦が就任しました。この辻眞須彦が、現在の製パン製菓機械メーカーとしてのツジ・キカイの基礎を作った人です。1970年にはフードサービス機器の製造販売を開始し、翌年には日清食品ロサンゼルス工場にカップヌードル生産ラインを納入、日清食品国内各工場にもカップヌードル生産設備を納入するなど、フライングラインとフードサービス機器のパイオニアとしてFRiMAX(フライマックス)のブランドを確立させました。

 当初は、このようにフライヤーを手がける会社だったのですが、2代目の辻眞須彦は徐々にヨーロッパ(主にフランスのメーカー)から製パン機械を積極的に輸入し始めました。 実は、この辻眞須彦は、大のヨーロッパ好きで、若い頃からヨーロッパの様々な文献を読みあさって研究をしていました。

 彼の後半生は、ヨーロッパの機器メーカーとの取引を強めながら、ヨーロッパで食べ歩き飲み歩いていました。彼は「現地に口を持って行け」と口癖のように言っていました。ヨーロッパから食べ物を持ち帰ってきただけでは、そのものの本質はわからない。自分が現地に行ってそこで意識しながら味わい、それを何度も何度も繰り返すことで、ようやく物の本質が見えてくるということを言っていました。その楽しみを追求しながら、それを仕事に結びつけてきたことによって、大きな成果を生み出してきたのです。」

山根社長の経営方針・経営理念について聞いてみた。

「私は、200310月に社長に就任しました。社長に就任してまず考えたことは、製パン製菓機械の専門メーカーとしての強い基盤を確立するために、プロ中のプロの方達が満足する機械を開発することでした。その代表が石窯です。お陰様でプロも唸らす究極の石窯を作ることができました。私たちは良いオーブンを作るという考え方ではなくて、現代の職人の多くが満足する「究極の石窯を作る」ことを目標としたのです。

 これまで輸入を多くしてきた会社ですが、ここで輸入に終止符を打って、自社開発・自社設計で完全なる純国産の製品を作ることに特化した会社にしました。このような特徴を決めて、この7年間経営に取り組んでまいりました。

 私は1996年から約2年間、イタリアのミラノに駐在しました。

 その時は、ドーナッツフライヤーとコンベクションオーブンの開発・生産を実行するためにミラノの機械メーカーに入り込んで、当社のコンセプトに基づいた自社製品を海外生産し、日本に送り込むという仕事に取り組んでいました。この私自身のイタリアでの体験が、現在の自分の物事の考え方、捉え方において大きな基礎となっています。

 当社のモットーは”ヨーロッパの食文化の素晴らしさを伝え広める会社である。”ということです。ヨーロッパ現地には、それぞれの地域に古くから根ざした素晴らしい伝統文化と生活スタイルがあります。その本来の良さ、美味しさを知り、総合的に伝えたいという考えの基、パン、洋菓子、ナポリピッツァに深く関わり、それに関する商品の開発、提案をしています。」

次に、代表的な製品について聞いてみた。

「当社の代表的な製品は、言うまでもなく石窯です。プロの職人に“ここまでの出来上がりは今まで経験したことがなかった”と言わせるような満足できる究極の石窯です。この石窯の一番の特長は、窯内の分厚い石窯用の一体の石の固まりを作ったということです。なぜこの石窯で美味しいパンを焼くことができるのかというと、まず、蓄熱量が違うからなのです。圧倒的な熱量があるので熱の状態が安定します。さらに特別な調合により豊富な遠赤外線を放射します。それによって、生地の内部に浸透した遠赤外線が瞬時に中心から発熱させ、パン生地の中心と周りを同時に加熱することができるのです。この特殊な石は、割れにくく丈夫で、耐久性に優れています。さらに、調湿効果があり、絶妙な水分のバランスをコントロールし、品質を大幅に向上させます。

 最初はドーム型の「クラシカ」という石窯を開発しましたが、その後、箱型の石窯「平窯王」を開発し、さらにそれを大きくして、最近発売したのが「クラシカ・ポンペイ」です。平窯王をベースに、洋菓子用の石窯として販売している「エレガンス」もあります。

 また、ガス式の、温度が非常に高いナポリピッツァ用石窯もあります。パン用の窯は温度の上限が300℃ですが、このガス窯は床が400℃、中空は500600℃で焼くというものです。ナポリピッツァの最適な焼成時間は90秒なので、そのために必要な条件を創りだした理想の構造です。

 今は、これらパン・菓子・ピッツァの石窯を広げていくための活動を中心に行っております。
 そして、我々の製品の中で、現在、一番多く販売している製品はスチームコンベクションオーブンです。これは、かれこれ30年近い自社開発の歴史がありまして、様々な形態の店舗に焼きたての美味しさを提案していこうという考えの基、辻眞須彦の時代から力を注いできました。さらに小型商品などを増やして、ラインナップを強化しています。

 オーブン以外の製品では、ドーナッツフライヤーも販売しております。その他、30年以上前からフランスからの輸入ではじめたドウコンディショナーの開発にも力をいれています。これらが当社の核となる製品です。」

山根社長に、石窯の開発で苦労された点を聞いてみた。

「石窯の一体の石の箱を作るためには、金型を造らなければならないのですが、この金型造りが一番大変でした。これは、なかなか一回では成功しないもので、出来上がりが思った通りの寸法や形にするにはどうすればよいか、割れないようにするにはどうすればよいのかといったことで試行錯誤を重ねました。現在の形にするのに、少しずつ金型を修正したり、材質を変えてみたりなど様々な困難がありました。そして、金型が出来上がったら、材料を流し込んで振動をかけて落ち着かせた後に、百数十度の乾燥炉に数週間入れて安定させていきます。最後に、完全に焼き固めるために、千度近い温度で数日間焼き込みをします。当社の石窯用の石は、熱をかけてもほとんど熱膨張しない特別なもので、もの凄く手間のかかる繊細な焼き物なのです。この繊細な石窯を完成させるのに、大変な労力と苦労の連続がありましたが、これにより、お客様に安心して使用していただける石窯ができました。」

最後に、組合やモバックショウに対するご意見をうかがった

「組合の方々にはいろいろな場をつくっていただき感謝しております。今後もできる限り会合に出席したいと思っております。 モバックショウでは、毎回いろいろと工夫をしていただいています。製パン製菓の業界をこれからもますます盛り上げていくために、専門性の高い、重要な展示会であると思います。」

先代の辻真須彦会長の思い出について語ってもらった

「辻眞須彦はヨーロッパに口を運びながら、深く“食文化”について研究し続けました。食だけではなく、絵画、音楽などの芸術に関しても研究し続けました。若い時は、学生時代からプロのジャズミュージシャン(アルトサックスのプレイヤー)として活躍し、同時にオーディオの研究家でしたが、後にはパソコンの達人(ヲタク)になっていきました。彼は世の中にインターネットが登場する以前に、いち早く海外からパソコン通信にアクセスして「旅先通信」なるコミュミニュケーションの方法を実践しました。その後も、旅先から自分のホームページに食べ歩いた記録として動画を現地で編集し、現地から掲載し続けました。辻眞須彦は、常に時代の先を読み、いち早く実践した人だったと思います。」

辻眞須彦(辻バード)

(2009年12月 日本製パン製菓機械工業会(JBCM)会報「きずな」の取材より)